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(コンピュータ上へ知性を創造するための脳情報処理応用)


亀井研究室?
研究背景/目標

「あなたはロボットですか?」

このように問われたとき,この文章を読んでいる方で「はい」と答える方はいないのではないかと思います。では,なぜあなたはロボットではないのでしょうか。おそらくほとんどの方は『心があるから』と言われるのではないでしょうか。

心を作り出すもの,それは生物なら必ず持っている『脳』です。脳は生物の進化と共に進化し,現在の私たちのように心,そして知性を持つに至りました。

ところで,肺ならば横隔膜の動作による換気,心臓なら心室の拡張収縮による血液循環と様々な臓器が生命維持のために働いています。それでは,脳という臓器は何を行って心を創り出しているのでしょうか?

心についての研究は人が心を持ったときに始まったと言っても過言ではないでしょう。かつては心臓に心があるとされた時代もありました。そして,様々な研究の成果から
「脳は様々な臓器/器官から得られる情報を処理する臓器(情報処理機能)」
ということがわかり,心も脳によって創られることがわかりました。

情報処理,それは我々が作り出した我々の生活には欠かせない身近に存在する情報処理機械,つまりコンピュータの得意とするものとなりました。

しかしながら,脳の情報処理機構と我々の作り出したコンピュータの情報処理機構は全く異なることが20世紀後半からの脳に関する研究[1]から明らかになっています。さらに,脳の機能は全ての場所で単一ではなく,脳の様々な部位が複雑に相互作用しながら動作しており,未だ完全に解明されていません。しかし,様々な研究から脳の情報処理機構の詳細が徐々にですが判明しつつあり,それらを微分方程式という形で数式として表現されてきています。また,脳の研究から発達成長という分野は欠かす事ができません。この分野からは,脳の構成の研究のようなミクロ的機能ではなく脳全体のマクロ的機能の情報処理を差分方程式などで表現されてきています。

ところで,コンピュータは元来数式を解くために開発されたものですので,数式を解く事には我々よりも長けています。もちろん微分方程式や差分方程式などの方程式を高速に解くことも可能です。

私たちの研究室では,様々な観察研究成果などを元にして,脳の情報処理機構を表現した微分方程式や発達過程の観察から得られた差分方程式などをコンピュータに実装(プログラム)して,コンピュータが脳や心,さらには感性を創発すること目標としています。また,対象とするコンピュータはいわゆるパソコンだけではありません。洗濯機や炊飯器,最近は照明器具にさえ利用されている「組み込みコンピュータ」も研究対象で,特にロボットを利用して身体と脳の情報処理機構の関係[2]の解明もまた目標となっています。

[1]川人 光男,「脳の計算理論」,産業図書,1996
[2]岡田 美智男ら,「身体性とコンピュータ」,共立出版 ,2001


研究分野
  1. 人工神経回路網(Artificial Neural Networks)
  2.   人工神経回路網は,脳を初め脊椎反射や感覚の信号伝達を担う最小単位の細胞「ニューロン」とそれらを結合する「シナプス結合」を模倣し,ニューロンを多数結合した仮想的な神経系を構築する研究です。この仮想神経系は入出力を持ち,それらの対応が事実と異なる場合は外部から与えられる教師情報(正解情報)をもとに結合が修正され正しい入出力関係になるまで学習されます。この性質から,生物の最も重要な機能である予測(推論)が可能となります。例えば脳にある海馬には場所細胞と呼ばれる位置を知覚する機能を持つニューロンシナプス結合があり,それをロボットの脳として再現することで従来のパターンマッチングとは異なる生物的な位置推定を行うことができます。
    この様に実験観察により得られた成果を人工神経回路網として応用し,生物の振る舞いをするコンピュータの研究を行います。

    [1]川人 光男,「脳の計算理論」,産業図書,1996
    [2]石川 眞澄,「ニューラルネットワークの学習の数理」,気象研究ノート,No.203, pp.29-70, 2002

  3. 自己組織化写像(Self-Organizing Maps)
  4.   自己組織化は脳の中では視覚系において主に利用されている情報処理機能です。視覚,つまり目からの情報は網膜で電気信号に変換され,一度後頭部にある後頭葉に写像されます。このとき,後頭葉では斜線や垂線,横線などと様々な特徴に自己組織的に分割されます。これにより網膜上の2次元情報を,その後の情報処理部位の機能に沿った処理を行うことを可能としています。この様な自己組織化機能を模倣したものが自己組織化写像を応用した研究です。これは生物の脳では視覚系で利用されていても,我々が応用する場合は視覚に拘る必要は無く,音声認識などにも利用可能です。例えば,音声を入力とし,音声により行動を変化させるロボットなら,自己組織化写像により音声を分類することでロボットが様々な行動を生物がするかのごとく想起することが可能です。
    この様に人工神経回路網のようなミクロな脳の情報処理を模倣するのではなく,脳の特定部位の機能を模倣,応用する研究を行います。

    [1]Khonen,「Self-Organizing Maps」,Springer,2000

  5. 強化学習(Reinforcement Learning)
  6.   生物は基本的に不快なことは嫌い,心地よいことは好みます。しかし,物事を達成する上で快・不快は誰が教えるのでしょうか。例えば,乳児がハイハイを始めてすぐの頃,頭を壁にぶつけた時には痛みから不快に感じ,その結果,壁にぶつかる行動は次第に無くなります。これは,親に教えられる事無く自身で学んだことです。また別の例として,一時しのぎの対応ではなく,より理に適った行動を行うことがあります。これは,「夏休みは1日中遊びたいが,宿題を毎日30分でも少しずつした方が後で楽だ」というように,一時的には不快だが長期的には心地よい行動を選択するような事があります。この様な学習能力を強化学習と呼び,行動と結果の因果関係記憶を環境からのフィードバックにより学習(強化)します。強化学習は行動の生起のみならず,最短/最適経路を自律的に発見することや,本能的行動と理性的行動のスイッチング,さらには好奇心との関連など,近年深く研究されている分野です。
    私たちの研究室では,ロボットに快・不快を自律的に生成させる研究などに強化学習を応用しています。

    [1]Sutton,「Reinforcement Learning: An Introduction」,MIT Press,1998

  7. 群知能/社会性(Swarm Intelligence / Sociality)
  8.   私たち人間に限らず,生物は1個体では生きていけません。普段,別々に暮らしている動物たちも1個体で過ごす例は少なく,少数ながらも群れ(社会)を形成しています。群知能は生物の群れによる情報処理を模倣したもので,様々な個体の情報処理が集り,大きな情報処理を行うという社会性が作り出す知能のことを言います。例えば,アリの情報処理を見てみると,最も単純なタイプのアリでは1種類の情報伝達手段(フェロモン・コミュニケーション)を用いて餌場までの最短経路を発見しています。このとき,1匹のアリは単純(何も考えず)に徘徊しながら餌を探索し,発見しているのですが,多数が集まり,フェロモンを出して相互作用することによって最短経路を発見しています(Ant-Colony Optimization)。また,人間の社会活動を見てみても,個々は「お金持ちになりたい」,「有名になりたい」と思っていて社会発展を気にしていなくても,お金持ちになりたくて画期的な発明を行ったり,有名になりたくて感慨深い小説を発表したりと,大きく見ると社会が発展する方向へ活動していると言えます。
    私たちの研究室では,群知能の研究としてアリの群知能においてアリも小さいながらも脳を持っている点に着目し,学習理論とAnt-Colony Optimizationを融合したアルゴリズムに関する研究を行っています。

    [1]Keiji Kamei and Masumi Ishikawa,「Adaptive Decision-Making in Ant-Colony System by Reinforcement Learning」,Proc. of ICONIP2010,2010

  9. 身体性と脳(Embody and Brain)
  10.   人はなぜ人でありチンパンジーや犬とは違うのでしょうか。特にチンパンジーとは遺伝子的にもとても近く,その違いはわずか3.9%です。しかしながら,私たち人には数の概念や言語,文字,そして思想と言った知性を持っており,チンパンジーとは大きな隔たりがあります。人が人である所以は脳の大きさなども関係していることは確かですが,やはり直立二足歩行や手の親指の変化,体格と体長なども関係していると考えられます。これは一重に身体性の違いによる脳への影響の結果と言えます。
    この様なことに着目し,人の身体が行動生成にどの様に影響を及ぼしているのか,特に自由度に対する制約的な影響を考え,脳がどの様に判断して行動を生み出すのかという身体性と脳の関係について研究を行います。また,ロボットに脳を応用した知能・知性を創発させるとき,ロボット独自の制約が知能・知性に対してどの様な影響を与えるのかという点も重要な研究です。

    [1]岡田 美智男ら,「身体性とコンピュータ」,共立出版 ,2001

  11. 発達ロボット(Epigenetic Robotics)
  12.   生物はこの世に生まれ出たその瞬間から様々な経験を経て成長していきます。例えば,人の場合では他の生物と大きく異なり歩く事ができず,社会からの多大な支援を受けながら育っていきます。この成長の中で,初めは無秩序に動かしていた手足を秩序立って動かすようになり,さらに筋力の発達にり寝返りを打てるようになり,ハイハイを行う事で行動範囲が大きく広がり,また何でも口にする事で世界を認識していきます。そして二足歩行を獲得し,最終的には他の生物には見られない言語・文字の習得,数学的思考獲得を成し得ます。この過程において,脳は様々なシナプス結合の増加と減少を行います。生まれてすぐの無秩序な手足動作は,外界とのインタラクションの結果運動を司る脳の部位が学習し,不要なニューロン・シナプス結合を減衰させることによって行動が洗練され,秩序立った行動へと変化します。さらに,言語は初めは単純な発声のみしか出来ませんが,声帯の発達や口周りの筋肉の発達により様々な音を発せられるようになり,また,聴覚の発達により周囲で使われている音を聞き取り,脳の言語野でその特徴性から言語習得します。
    人は上記の様な過程を経て人として成長するのですが,脳の中に心が形作られるのはこの様な発達過程が重要な部分を担っている可能性があります。このことから,私たちの研究室では,様々な経験と身体能力の変化に応じて発達するロボットについての研究を行います。

    [1]松村 道一ら,「脳百話: 動きの仕組みを解き明かす(多重神経支配から単一神経支配へ[西川 和香])」,市村出版 ,2003

  13. 遺伝と進化(Genetics and Evolution)
  14.   地球では原始生命が誕生してから40億年が経過したと考えられています。原始生命は細菌のように脳は持たず,自己増殖のみを目的として行動をしていました。その後,様々な進化が起こり,魚類,両生類,爬虫類,哺乳類へと進化してきたと言われています。その過程のなかで,生命は単細胞から多細胞へと進化し,様々な機能分化とその制御のための神経系の発生と発達,そしてその極限とも言える脳を形成,発達させてきました。この中で,生物は自己を複製し増殖するという遺伝と新たな環境や変化に適応して生存域を増大させるという進化(変化)の背反するシステムを採用しました。
    私たちの研究室もこの「遺伝と進化」の法則を模倣し,遺伝的アルゴリズムにさらに学習する生命体の考え方を取り入れ,私たちの想像もつかないような多彩な人工生命体についての研究を行っています。

    [1]亀井 圭史,「脳型情報処理と遺伝的アルゴリズムを用いた移動ロボットの最適行動獲得」,博士学位論文 ,2007

  15. 脳機能の分散計算(Distributed Computation for Brain functions)
  16.   脳機の機能は様々なものがありますが,それらはニューロンが超並列に情報処理を行うことで実現されています。1個のニューロンは加算と1つの条件分岐程度の計算能力しかなく,また計算速度もあまり速くありませんが,沢山集まる事で大きな情報処理を素早く行っているのです。これは,計算能力は非常に貧弱ですが,同期並列的動作する計算機が大量に集まったものと同じと考える事ができます。一方で,私たちが普段利用しているコンピュータは四則演算はもちろん,最近のプロセッサではベクトル演算器により行列計算まで高速に行う(最近のCPUは数億〜数十億分の1秒で計算可能)ことができます。しかし,1つのプロセッサが早く仕事ができも,基本的には1つのプロセッサは1つの仕事しかできず,並列動作は苦手としています。このため,現在のPCは脳の情報処理能力の数万分の1も実現できていません。このような事から,これまで私たちの研究室では実時間で実行するために脳の一部の機能を利用するためのプログラム開発や,大きな部分の機能を利用したいがために実時間実行を諦め,数時間,数日,数週間もの計算時間を費やすプログラムの開発などを行ってきました。
    しかし,コンピュータの進化は目覚しいものがあり,最近は超並列計算を行うこともある程度可能になってきました。これはこれまでのCPUという汎用計算システムの分野ではなく,様々なベクトル計算を同時並列的に行わなければならないグラフィックス処理プロセッサ分野から派生したものです。私たちの研究室では,近年注目を集めている汎用計算グラフィックプロセッサ(GPGPU: General Perpose Graphic Processing Unit)を用いて,大きな脳機能の実時間処理や,人工生命の多数同時並列実行などを研究します。

    [1]五十嵐 潤,「GPGPUによる大脳基底核モデルのリアルタイムシミュレーション」,次世代スーパーコンピューティング・シンポジウム2009 ,2009


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